8月の法語

8月の法語

「み仏さまから拝まれ通し 信じられ通し 願いをかけられ通し」

釈尊は、自分中心の欲が本当には自分に幸せを連れては来ない、と見抜かれ、自分の欲望こそ自分を苦しめる元凶と示された。『法句経』には、「悪は錆のようなもので、自分から出て自分をダメにする」とある。つまり、自分の中に自分を否定する悪しきものがひそんでいる。「わたしだけが幸せに」の欲が私を不幸にしてしてしまう。では、どうしたらこの欲望を捨てることができるのか。親鸞聖人はその方法を南無阿弥陀仏にあり、と示された。

阿弥陀仏に願われていることに気づかされて、初めて自分が自分のみで生きているのではない、他に支えられている事実を受け止める智慧を得る。この南無阿弥陀仏に全てを任せる時に、私たちは自分の欲望を超えた、自分中心ではない、お互いが拝み合い、信じ合い、支え合う真実の世界に触れることができるのである。この時、私たちは、仏「に」頼ることと、仏「を」頼ることの違いに気づかされる。仏に頼るのは欲望満足のため、仏を頼るのは全てを任せきった信頼の姿である。私が拝む前に、どうか欲につられるなと拝まれている。信じる前に裏切りを許し信じられている。願う前から早く気づけと願われている。その事実の前に頭の下がった人に、「苦しみは私が」「楽しみはあなたに」の大慈悲心が明らかになる。

出典 『大悲のまこと』田中教照 より

 

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