9月の法語

人が憂うて優しさができあがる

 

人生、思い通りに物事が運んでいる間は、中々自分をあてにする心はなくなりません。逆に、思い通りにならないという苦悩を何度か体験していく中に、あてにしていた自分はあてにならないのではなかろうかということが少しずつわかってきます。人生での悲しみや苦しみも自分を知るための学びの場であり、そのときこそ仏教のお話を聴聞する大きな機会でもあります。
善導大師は、仏の大悲が苦悩の深い人に注がれているのは、ちょうど水に溺れている人を真っ先に救うことと同じ事であって、岸の上にいる溺れていない人をどうして救おうとされるであろうかと語られています。いま現に溺れている人、自力で岸にたどりつくことができない苦悩のただ中にいる人を救うのが先であって、溺れていない人は救われる必要性さえありませんと続けています。
苦しみや悲しみを経験したからこそ仏さまの教えが喜ばれます。苦しみや悲しみは今まで気付かなかった喜びの再発見をもたらします。深い悲しみ苦しみを通してのみ見えてくる世界があります。
苦しみ悲しみによって得たものを喜ぶ心によって「優しさ」ができあがるのです。

出典 2014年 真宗教団連合「法語カレンダー」より

 

  東龍アルバム みらいをつくる・ひとをそだてる 東九州短気大学 東九州短期大学附属幼稚園 hoikuen

 
Copyright (C)2013 東九州龍谷高等学校. All Rights Reserved.